昭和40年卒 築城 諒(在ノルウェー) ノルウェーの首都オスロから、地図を北西におよそ200キロメートルほど辿ると、ゴル (Gol) という町があります。その町の北側に、広さがほぼ20キロ四方で、標高が1000メートルをわずかに越える高原が広がっています。これがゴル山地 (Golsfjellet) で、冬はクロスカントリー・スキー、夏はハイキング、鱒釣り、マウンテンバイクなど、一通りの野外活動を楽しめる高原リゾートとなっています。2002年9月の第3週に、このリゾート地で開催された学会に参加する機会があり、セッションのあいまに一人でゴル山地の遠足をしました。 ゴル山地は北極圏に近い北緯61度付近(カムチャッカ半島の北部と同じ緯度)にありますが、私の知る日本の山で似たものを探すとすれば、霧ヶ峰でしょうか。霧ヶ峰をさらに平坦になるように氷河で研磨し、標高を3500メートル付近に置いて見れば多分ゴル山地に似たものになるでしょう。ゴルの町との位置関係も何となく茅野市と霧ヶ峰の関係に似ています。ただし残念なことに温泉はありません。 木曜日の朝、朝食のスモーガスボード(いわゆるバイキング形式の食事)に出たリンゴとバナナを失敬してデイパックに詰め、フロントで買った4万分の1地図とオリエンテーリング用コンパスを持って、ホテルの北側の非常口から抜け出しました。ホテルは既に森林限界を超えていますが、標高は海抜1001メートルです。まずホテルの北側1キロ程のところにあるゴル山地の最高点のストールフェルトッペン(Storefjelltoppen −大きな山の頂上という意味)1149メートルを目指します。このあたりの山地は、くるぶし程の高さのコケモモの灌木と、日本の同類とは比べ物にならないくらい貧弱なハイマツ、それに乾燥した地衣類に覆われており、ところどころに高さが2メートルくらいの樅の木がまばらに生えています。コケモモはちょうど食べ頃の赤い実を付けています。シングルトラックの登山道は日本のものと同じですが、ここでは天候が良ければ眺望を遮る物がありません。そして、このところ9月としては例外的に暑く乾燥した晴天が続いています。 ストールフェルトッペンからはゴル山地全体が見渡せます(http://www.storefjell.noにウエブ・カメラがあります)。これほど広い視界というのは日本の複雑な地形の山岳地帯ではなかなか得られないのではないでしょうか?このあたりはトナカイ (Rangifer tarandus) とヒグマ (Ursus arctos) の生息地なので、双眼鏡を持参して高原を隅々までスキャンしましたが、残念ながらどちらも見つかりませんでした。その代わりに山道で、恐らく銀ギツネ (Alopex lagopus) に半分食べられたレミング (lemmus lemmus) の死体がいくつか見つかりました。レミングはネズミ、と言うよりハムスターの仲間で、個体数が増えすぎると集団で崖から飛び降り自殺するという伝説があります。また、シロフクロウ (Nyctea scandiaca) のものと思われるレミングのペリット(丸飲みして、消化できない骨格と毛皮などを後で吐き出したもの)もたくさん見つかりました。 |
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しかしここで本当に見るべきものは恐らく、はるか遠く北方に広がる、万年雪に輝くヨートゥンハイメン (Jotunheimen) 山塊と、西方に広がる氷河に覆われたハダンゲル (Hardanger) 高原です。これらの山塊と高原が、ノルウェーの中央高地を形成しています。 ヨートゥンハイメン山塊には、1900メートルを越えるピークが250,氷河が60あり、最高峰はピッゲン(Piggen −スパイクという意味ですが、この山の形をよく表す名前です)2469メートルです。高さは大したことはないのですが、緯度的に北極圏に近いだけあって、厚い氷河に磨かれた山々の風貌は鋭くアルペン的であり、地球上で最も古い花崗岩で構成された岩壁は圧倒的なスケールで迫ってきます。 |
一方ハダンゲル高原は、7500平方キロの面積を有する欧州最大の高原で、平均高度はおよそ1000メートル、最高点がホッタイゲン (Haarteigen) 1681メートルです。いくつか氷河がありますが、最大のものはハダンゲル氷河で78平方キロを覆っています。多くの湖が点在し、中には鱒がいるものもあります。私は以前この高原を流れる小川で北極イワナ (Salvelinus alpinus, Arctic char) をフライで釣ったことがあります。そのファイトもさることながら、引き締まったサーモンピンクの身は、素晴らしい味でした。 ノルウェー観光局のお先棒を担ぐ訳ではありませんが、これらの山岳/高原地帯はまだまだ人の気が稀少で、アルプスなどに比べると商業資本による開拓がほとんど行われておらず、より生の自然に触れることができます。 |
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ストールフェルトッペンから先はほとんど特徴のない真っ平らな高原となり、霧に巻かれるとやっかいそうなので、地図とコンパスを使って慎重に地形を検討し、まず西の方2キロほどにあるヴェステフェル(Vestefjell −西の山)を目指します。所々に沼地があり、迂回したり飛び石を伝ったりしなければなりません。確信は持てませんが、雷鳥 (Lagopus lagopus) らしい鳥を見かけました。日本では天然記念物のこの鳥も、ノルウェーでは狩猟の対象で、なかなか美味なものとされています。 ヴェステフェルから西北西の方角にスコーグスホルン(Skogshorn −森の角笛)1728メートルが間近に望まれます。全く植生のないゆるやかな台形の山塊が、ほとんど1枚岩でできているので、どこでも好きなところを登って行けそうです。 ヴェステフェルから西の方にやや急な斜面を降り、アウエンハウゲン山(1119メートル)へのトレイルと分かれて、ゴル山塊の頂上高原を南北に縦断する道に入ります。頂上高原は半分以上が(霧ヶ峰の高層湿原のような)沼地ですが、縦断ルートは巧みに沼地よりわずかに高く乾いたところをつないでいます。40分ほど平坦な道を歩くとゴル山地の南端に至り、そこから東に折れてラングヘヴダ (Langhoevda) 1089メートルに登ります。ラングヘヴダからは南方眼下に、牧場と森林の広大な風景が広がります。持参した水を飲みながら展望を堪能しました。日本のように自動販売機が至る所にある、ということはなく、空気は大変乾燥しているので、飲み水は必携です。 このような展望ポイントを始めとして、山地の要所要所に道標がありますが、道標にはプラスティックケースに封入した1万分の1くらいの地図が取り付けてあります。また例えばトレイルの分岐などには岩にペンキのマークがあり、色によってルートを知ることができます。 ラングヘヴダからは北西に高原の縁を歩いて、さらに40分ほどでホテルに帰り着きました。その夜の学会の公式晩餐会で、高原では見られなかったトナカイがステーキになって出てきました。また高原のいたるところで熟れた赤い実をつけていたコケモモが、ジャムになってステーキに添えられていました。 ハルデン・カールヨハンス街にて・2002年9月 |
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