ノルウェー西海岸の3時間トレッキング:スコーラ峰


昭和40年卒 築城 諒(在ノルウェー)

ノルウェー西海岸の北緯62度あたりにオーレスンという港町があって,その南側にノールフィヨルという峡湾(フィヨルド)が内陸に向って100km以上も深く入り込んでいます.その最も奥の入り江にローエン(Loen)というリゾート地があります.

1999年5月の最後の週に,このローエンで開催された学会に参加する機会があったので,ひまを見つけて散歩に毛の生えたような半日間のトレッキングをしてみました.

ローエンから東南に向って,全長が20km程のロー渓谷が伸びています.渓谷は幅がおよそ1kmの,氷河地形の見本のようなU字型断面をしていて,両側に1000mを超える大岩壁がそびえています.5万分の1地勢図では岩壁部分の等高線は真っ黒に集まっており,一部では数100m分の等高線が集まって1本になっています.渓谷の大部分はロー湖という細長い湖になっていて,湖の端からさらに奥へ数km行った所にシェンネダル氷河の末端があります.そのあたりの標高はおよそ海抜200mほどでしょうか.そしてこの氷河は,ソグン・オ・フィヨルダーネ地方の標高1000m以上の高原を覆っている巨大なヨステダル氷河の支流になっています.今回登ろうというのはシェンネダル氷河の末端のほぼ北東に聳える標高1841mのスコーラ(Skaala)峰です.

今にも雨が降りそうな天気でしたが,昼飯をたっぷりと食べ,デイパックに地図,コンパス,ゴアテックスのパーカー,それにホテルのちゅう房で貰ったりんごを2つ詰め込んで出発.丘の上の教会を過ぎて,牧草地を抜け,ロー川を右手に見ながら,畑の中の一本道をのんびりと歩きます.りんごと洋梨の花が満開です.ロー川はロー湖から流れ出してホテルの前でフィヨルドに合流する,アトランティック・サーモンが登る川で,流れと両岸のたたずまいが上高地の梓川にそっくりです.

あたりの山々にはかなり下の方から雪が残っており,まずは森林限界まで行って帰るつもりです.

地図で確かめることも無く,立派な道標がスコーラへの入り口を教えてくれました.この国ではこういうところに全くごみが落ちていないのが印象的です.特に掃除をする人も,ごみ箱も見当たらないので,すべては旅行者によって持ち帰られているとしか思えません.

しばらく牧草地の中の農道を登っていくと小屋があり,その向こうに柵があって通行止めになっています.しばらくうろうろと通行止めの理由を発見しようとしましたが,運良くノルウェー人の農夫が2人連れでやってきて,柵を越えて入っていいと言ってくれました.柵を超えるといきなり白樺と針葉樹林に覆われた急な山道の激登が始まります.

登山道はフォスダールという沢の右岸をジグザグに登っていきます.沢は滝の連続で,奥秩父の笛吹川の西沢渓谷の滑滝の傾斜を急にして何倍かの規模にしたようなものを想像して下さい.

標高400m地点にシューゲンという夏の放牧地(セッター,恐らくアルプス地方で言うアルプに相当するのではないでしょうか)があります.ここのは羊のためのもので,花崗岩の山体をわずかに覆う土壌に生えている意外に豊かな牧草の急斜面に,親子の羊が三々五々へばりついています.丸太造りで,屋根に土をのせて草を生やしたこの国独特の山小屋もあります.ここで沢に下りて,氷河から流れてくる沢の水で汗をぬぐいました.

セッターを過ぎると傾斜が緩くなり,いよいよ残雪が現われます.森林限界がせまり,冷たい風がフォスダールの谷から吹き降ろしてきます.標高550m地点でスコーラ峰の肩から流れる沢がフォスダールに合流しますが,このあたりまで来ると山全体がほとんど花崗岩の1枚岩という感じで,沢は岩の窪んだところを樋のように流れています.合流点はちょうど奥秩父の東沢の両門の滝のようになっています.ここで沢の中央付近の岩に真新しい寝袋が引っかかっているのを見つけました.誰かが流してしまったのでしょうか.

右手にはドーム状のスコーラ西峰がそのほとんど垂直の西壁を見せています.

1936年にロー湖の岸にあった集落を襲ったと伝えられる悲劇は,このあたりの山と谷の険しさをよく表していると思います.集落の対岸の,ほとんど垂直に1000m程の高さにそびえるラムーネ峰の東壁から,およそ霞ヶ関ビル数個分くらいの岩(これは落下した岩の跡にできた穴から想像した小生のいいかげんな見積もりです)がロー湖に落下し,それが津波を引起こして集落を襲い,全部で136人もの人々が犠牲になったとのことです.ロー湖の沿った道路の傍にこの災害の記念碑があります.

標高600m地点で上部フォスダール渓谷の入り口に着きました.そこは森林限界でもあります.渓谷をのぞくと北側に厚い残雪におおわれたストールスクレッド峰の南壁が見えました.残念なことに1000m以上は厚い雨雲にかくれています.谷に沿ってさらに登りたいという強い誘惑を感じましたが,吹き降ろしてくる雨混じりの冷たい風に背を向けて,ここから引き返すことにしました.スコーラ峰へはさらに右側の斜面を登る道が続い
ています.

セッターから出てきた親子連れの羊が山道に右往左往しているのを蹴散らしつつ,下りはあっという間でしたが,山中では誰にも会うこと無く,贅沢な孤独感を味わうことができました.

白夜の季節の高緯度地方のトレッキングは暗くなる心配が無いのがいいですね.その夜の会議の締めくくりのバンケットはひときわ美味でした.

築城,02/06−99記.


※お詫びと訂正※ 山岳部OBではないと書いておりましたが、山岳部OGの先輩でした失礼しました。

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